2012年10月26日金曜日

今月の一枚(2012年10月)

裏庭が公園とつながっている。1周2キロ、池の周りの小道を散歩しながら写真の練習。だいぶ紅葉も進んできた。

2012年9月29日土曜日

今月の一枚(2012年9月)

今月は色々と忙しかったのだが、大学でフットボールの試合があってオフィスに行かなかった週末に、ワシントンDCのNational Zooに写真の練習に行ってきた。池に蓮の花が綺麗に咲いていた。

2012年9月26日水曜日

信条は何ですか?と聞かれたら

信条は何ですか?などと聞かれることは、まず、ない。が、つい最近、ふとしたきっかけで自己紹介インタビューを受け、生まれた年とか、出身地とか、これまでの職歴とか、ありていな項目に混じって、「信条」という項目があった。

改めて聞かれてみると、困る。普段から何か一つの信条をもって、行動規範として暮らしてはいない。好きな言葉ならある。人間万事塞翁が馬とか、天の時・地の利・人の和とか、敵を知り己を知れば云々とか、とか、とか。しかし、好きな言葉が信条ですか、と問われれば、否、と認めざるをえない。言葉が立派すぎる。何かの際に、よし、と思って思い出すことはあっても、それを普段から信条として生きているかというと、どうも違う気がする。もうちょっと親しみやすい言葉で、感謝とか、上を向いて歩こうとか、ポジティブ思考とか、普段からよく思うことはあるが、これもなんだか違う。どうもしっくりこない。

いろいろ思っていたら、何だかどうでも良くなってきて、そんな時にふと思ったのが、「良いものを長く大切に使う」ということだ。何か物を買うときは常に意識するし、その意図するところはモノだけに限らず、何事においても、身の回りには良い物、良い人に囲まれていたいと思う。また、そういう良い物、良い人は大切に長くお付き合いしていきたいとも思う。実際、周りを見回すと、これが行動規範として普段から機能しているようにも思う。ということで結局、「良いものを長く大切に使う」、ということが多分信条なんだな、と思って、そう回答することにした。

2012年7月31日火曜日

今月の一枚(2012年7月)

今月の一枚には、スペースシャトルDiscovery号を選んだ。スミソニアン航空宇宙博物館の別館Steven F. Udvar-Hazy Centerは、ワシントンDCダレス国際空港(IAD)のすぐ隣にある。空港に人を迎えに行く用事があったので、ついでに、と寄ってみた。Discovery号は、この博物館に所蔵されている。大気圏突入時に高温で焼け焦げたタイルが生々しい。実際に宇宙に行った本物のスペースシャトルが手の届くところに見えるのは感動モノだ。

2012年3月30日金曜日

先端研究者と呼ばれるようになってみて

学生の頃、理学部にいたから、数学とか物理とか、そういう科学の授業を受けたが、勉強することが山ほどあって、なかなか最先端の科学には到達できないなあ、と感じていた。実際、最先端の科学のほんの小さな一領域を進めるようになってみて、学生の頃と比べて何が変わっただろうとふと思う。

まず、当然ながら、専門知識は増え、研究に必要な技術、自分の場合は計算機の使い方やらデータの取得、デコードのやり方なんかは身についた。この狭い一分野で何がわかってなくて、どんな研究が面白いか、価値があるか、なんてことも分かるようにはなった。しかし、若かった自分が最先端の科学をやるようになったらどんな眺めが得られるだろう、と漠然と期待していたことを思うと、期待していたような眺めが得られているだろうか、と思う。いろんな専門知識を得たら、物が違って見えるだろうか、とか、色々わからない人生の疑問にも見え方が違ってくるのだろうかとか、そんな淡い期待をなんとなく思いながら、勉強していたと思う。

先端研究者と呼ばれるようになってみて、確かに後ろを振り返ると身につけてきたものは色々とあるが、それが人生の疑問に対して何か見方を変えるようなことはないように思う。気象が専門だから、雲がどうやってできるかとか、どうやって雨が降るかとか、なんで空が青いかとか、そういうことに科学的な理屈は付けられるようにはなった。どうやって将来の天気を予測するかとか、どうして天気予報が外れるかとか、どうやったらもっと当たるようになるだろうかとか、そういうことについても、科学的に考えることができるし、研究を進めれば一つ一つ解決して、確かに天気予報の改善に結びついていく。一歩一歩研究を進める過程で、まだ古今東西だれも見たことがないほんの小さな科学的事実を初めて見ることもある。これが先端研究者として最大の喜びで、研究者冥利につきるわけだが、だからといって何か見え方が変わるわけではない。単に大発見に結びつくような大きな研究をしていないからかもしれない。目立たない研究を地道に続けている者のひがみかもしれないが、仮に大発見をしたとしても、それが若い頃漠然と期待した眺めに相当するものではないような気がする。

常に前を見て進む日々は、永遠と続く先の見えない坂でしかない。時々てっぺんのようなところに到達しても、すぐ前には坂が続いている。後ろを振り返ると眺められるものがあるかもしれないが、それは感傷に浸る程度なものであって、前を見るとやっぱりわからない事だらけだ。それが科学の醍醐味であって、誰も上がったことがないところへ上り続けていくのが楽しいのだが。結局のところ、先端研究者になっても、違った眺めが得られるようになる、ということはなさそうだ。今も学生の頃と同じ期待を持っているのかもしれない。目指しているのは神の眺めだろうか。

2012年3月21日水曜日

学生時代の講義ノートを見つけてみて

今のオフィスには本棚が3つある。その中の一つのまるまる二段を、主に学生時代の教科書だった物理や数学の日本語の本がまるまる占拠している。ふとオフィスで人と話していて、「学生時代の本ですか、よくこんなに残ってますね」という話になった。確かに物持ちはいい。もともとこれらの本は、大学を出て東京に引っ越す際にダンボールに詰めて日の目をみることのなかったもので、何度か引越しを繰り返すもダンボールに詰め込まれたまま、家の倉庫に眠っていた。去年の夏、広いオフィスに移ったのを機に、家の倉庫からアメリカに送ったのだった。

大学を出たのが2000年3月のことだから、ちょうど12年がたつ。そのダンボールには、講義ノートも一緒に入っていたようで、ふと気づいてパラパラとめくってみた。バカまじめに板書をノートに書き写していたようで、B5サイズのファイル2つ分程度のものではあるが、中はインデックスもつけてあって整理されているのに驚いた。大学の時に勉強した内容は、覚えていることも稀にあるけれど、何だかよく覚えていないことが当然ながら多い。大学の授業を思い返してみて、頭の中に残っていることは、あの先生は厳しかったなあ、とか、面白かったなあ、とかいう印象ばかりだ。それから、内容に関しても、ほとんどが面白い内容だったな、という感想的なもの。記憶の残り方というのは面白い。

しかしそれを思うと、今は逆に教鞭をとる立場になって、教えるときに何が大切か、ということを思った。内容云々以前に、教える姿勢が一番長く学生の記憶に残ると思うと、少し怖くもなった。普段気にするのは、いかに科学的内容を的確に教えるか、ということばかりで、学生の目にどう写ってどういう印象を与えるのか、ということなど考えない。そうは言っても、どういう印象を与えるか、ということは気にしたところでどうとなるわけもなく、ふと自分の記憶の残り方を意識して、自分が今やっていることと照らし合わせてみた、ということにすぎない。

2012年1月29日日曜日

電子ブックか紙の本か

Kindleを買ってから1年ちょっとが過ぎたが、電子ブックを買うか紙の本を買うかで悩むことが多い。

Kindleの電子ペーパーはよくできていて、たしかに読みやすい。何より、本一冊持ち歩くより軽くて薄いのに、何千冊分も入るのだ。これは、移動時に重宝する。旅行のみならず、引越しの時など本は重い荷物になるから、それを思えばKindleは画期的だ。

1年ちょっとKindleを使ってきてみて、最初は物珍しさから頻繁に使っていたKindleも、最近は使う機会が減った。今は元通り紙の本を買うことが多い。特に仕事関係の本は、必ず紙の本を買う。本棚に並べておくこと自体に意味があるように思う。本棚を眺めるだけで、読んだ時の記憶が蘇る。Kindleのメニューに並ぶ本のタイトルだけを見ても、それはない。知的創造を行う仕事では、過去の読書の記憶が直感で引き出せるのは大きなメリットだ。

背表紙だけでも、大きさ、厚さ、古さ、色、フォントなど、様々な情報があって、やはり実物には相応の価値があるのだと思う。本棚を何の気なしに眺めるだけで、ああ、ああいう事を読んだな、勉強したな、と記憶の引き出しとして機能する。Kindleでタイトルが表示される程度では、その効果はまず無い。

Kindleのメリットを思うままに書いてみる。1.いくつもの本を開いたままおいておくことができる。2.買うとすぐに配信されてくる。3.新聞、雑誌の自動配信。4.どの端末で開いても、同じ場所から開かれる。ブックマークなど、意識することなく共有されているのは便利だ。5.下線を引いたりメモをしたりできるのだが、大勢の人が同じ箇所に線を引くと、そこが自動的にハイライトされる。この機能は面白くて、Kindleならではだろう。6.そして何と言っても持ち運びの便利さ。

次に、メリットと思っていたのに実はメリットでない点。
本の値段はあまりメリットではないことがわかった。Kindleの本も、Paperback版の本も、同じくらいの値段のことが多いし、むしろPaperback版の紙の本のほうが安いことも少なくない。

結局のところ、上述の本棚に並べておく意義のため、仕事に関係する本は紙の本。小説、雑誌の類はKindleが便利だけど、最近はあまり読んでいないので、結局のところKindleに触れる機会が減ってしまっている。