2012年3月21日水曜日

学生時代の講義ノートを見つけてみて

今のオフィスには本棚が3つある。その中の一つのまるまる二段を、主に学生時代の教科書だった物理や数学の日本語の本がまるまる占拠している。ふとオフィスで人と話していて、「学生時代の本ですか、よくこんなに残ってますね」という話になった。確かに物持ちはいい。もともとこれらの本は、大学を出て東京に引っ越す際にダンボールに詰めて日の目をみることのなかったもので、何度か引越しを繰り返すもダンボールに詰め込まれたまま、家の倉庫に眠っていた。去年の夏、広いオフィスに移ったのを機に、家の倉庫からアメリカに送ったのだった。

大学を出たのが2000年3月のことだから、ちょうど12年がたつ。そのダンボールには、講義ノートも一緒に入っていたようで、ふと気づいてパラパラとめくってみた。バカまじめに板書をノートに書き写していたようで、B5サイズのファイル2つ分程度のものではあるが、中はインデックスもつけてあって整理されているのに驚いた。大学の時に勉強した内容は、覚えていることも稀にあるけれど、何だかよく覚えていないことが当然ながら多い。大学の授業を思い返してみて、頭の中に残っていることは、あの先生は厳しかったなあ、とか、面白かったなあ、とかいう印象ばかりだ。それから、内容に関しても、ほとんどが面白い内容だったな、という感想的なもの。記憶の残り方というのは面白い。

しかしそれを思うと、今は逆に教鞭をとる立場になって、教えるときに何が大切か、ということを思った。内容云々以前に、教える姿勢が一番長く学生の記憶に残ると思うと、少し怖くもなった。普段気にするのは、いかに科学的内容を的確に教えるか、ということばかりで、学生の目にどう写ってどういう印象を与えるのか、ということなど考えない。そうは言っても、どういう印象を与えるか、ということは気にしたところでどうとなるわけもなく、ふと自分の記憶の残り方を意識して、自分が今やっていることと照らし合わせてみた、ということにすぎない。

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