2011年3月22日火曜日

原発被災と気象情報について思うこと

大地震の被害を受けた福島第一原発で放射性物質が漏れている。大気中に漏れた放射性物質は、拡散しながら風に運ばれる。風向きは非常に重要で、風下側に運ばれるのは常識的に誰でも想像がつく。大気中のちりや化学物質の輸送などを計算するための「移流拡散モデル」というものがあって、大気中に漂う物質が数時間後、あるいは数日後まで、どのように時間発展するか、コンピューターを使って予測計算することができる。当然ながら原発から漏れた放射性物質について適用して計算することは可能なのだが、その情報発信の在り方について議論がある。

不確実な情報がその不確実性とは独立に独り歩きするのは、まずい。実際、影響を受けるかもしれないと思っている人は、安全志向に大きく傾く。少しでも危険があるのなら避けたいと思う。災害時の心理状態は不安定で、ありとあらゆる不安の中、何事に対しても疑心暗鬼にもなり、自分だけが情報から取り残されているのではないか、実は危険だと政府は分かっているのにパニックを避けるために隠しているのではないか、などという心理が働く。そんな時に、一気象学者が手元の計算機である意味いい加減に計算して打ち出した結果をインターネット上に公開し、仮にそれが少しでも自分が住む領域に影響がありそうというように示されていたら、この情報を受けてどう思うだろうか。まずは逃げようと思うだろう。少しでも可能性があるのなら、避けたいと思うだろう。至極当然な反応だと思う。それでも逃げられない人たちが多くいることも認識すべきでもある。

仮に本当に影響があるとして、政府がそのように発表したら、政府主導で大掛かりな避難作戦が実施されるだろう。政府は危険だと判断するのならそれを隠してはならない。安全だと判断するのなら、十分に理由を添えて説明すべきである。その理由は、確実な客観的な事実に基づくこと、具体的には観測値に基づくことが求められる。その点、今の政府の情報を見ていると、放射線の観測値、野菜や牛乳などに含まれていた放射性物質の観測値に基づいて発表しているように見られるので、私自身としては間違った対応をしているようには思わない。

さて、移流拡散モデルである。気象庁にもそのようなものは存在し、国際的な仕組みの中で現業的に計算されているはずである。それが、政府の意思決定にも関わるはずである。しかし、何故公開されていないのか。なぜ学者がいい加減に計算したようなものは公開されているのか。そもそも学者が計算した結果を公開するべきだろうか。

防災に関わる情報は、一元化が基本中の基本である。その意味では、政府に情報源を一元化させるのは正しい対応と言える。政府も、安全である、というのに補足して、どのようなことをしたのか、例えば気象庁は現業的に移流拡散計算をし、その結果も吟味し、また実際の観測値も吟味した上で判断しているといえば良いかもしれない。そのように発表すれば、聞いた側は当然、判断に使われた移流拡散計算の結果を見たいと思う。その際には、十分に補足説明を加えた上で、実際に計算を行った専門家から説明すると良いかもしれない。被災者の不安、疑心暗鬼を取り払うことは非常に重要である。隠すことは一切無いという姿勢である。ただし、誤解は絶対に避けなければならない。これは専門的な内容で、単に結果の絵を深い理解なくそのまま素人的に解釈してはならないということを印象づける必要もある。

さて、一気象学者としての考えを述べると、今の場合の移流拡散計算は、大いに不確実であろうと思う。まず、福島第一原発からどれだけの量の放射性物質がどのように出ているのかが不確実である。この発生源の不確実性は、移流拡散計算において致命的である。その他、降水による捕捉率や地面への付着率など物理的な過程についても、気象学者の知る範囲ではなく、正確にモデリングされているとは思えない。フワフワと地面付近を漂うようなものなのか、それとも地面にくっつきやすいものなのか、等である。大まかにどっちに向かって動いていくか、とくに2,3日といった地球規模での移流予測計算は、ある程度は信頼できるかとは思うが、絶対量としての信頼性は大いに疑問だろうと思う。

おそらく今一番助けになるのは客観的事実としての観測値である。観測地点を増やし、多くの地点で頻繁に観測すれば、遠くに行くほど放射性物質が少なくなっていることや、風向きによってどのように濃度が変動するかが分かる。そして、移流拡散計算がどの程度正しいかを知ることもできる。そういうデータを元に経験を重ねた上で初めて、もっと短い天気予報のようなスケールで、今日は家の中にいたほうが良いとか、今日は比較的大丈夫とか、そういうきめ細かい使い方にも発展できるかもしれない。そうなってくると、いよいよ移流拡散計算が現業的に使える、ということになるのだが、現状を見ていると今回の場合でそこに至る状況にはなさそうだ。

結局のところ、私の考えとしては、一気象学者がリアルタイム情報の提供などを考えてあたふたすることは、混乱を呼ぶだけであって、有効とは思えない。むしろ、気象学者が政府も知らないような取っておきの情報を持つことはありえないという姿勢を示すべきである。専門的な解説を求められれば、そのような解説は気象学者が社会に役立つ場であろうと思う。それ以外は、この経験を平時の研究に活かし、有事の対応マニュアルに組み込んでいくのが学者の仕事ではないか。今回の政府の判断や情報発信のやり方については、大きく見て正しい方向だとは思うが、移流拡散計算などに関して不安に思う人がいる中、判断に使った資料、使わなかった資料含め、避難区域設定や安全性の判断の理由、裏付けについて、さらに細かく専門的に逐一説明するのが、被災者の安心には役立つのではないかと思う。こういう時に、平時に培い築いてきた信頼性というのが本来ならば一役買うはずなのだが、今の政府はどうも十分な信頼性を培ってこなかったということもあろう。

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